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ピアノメーカーの現状から考えるピアノ選び

◆アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの言葉

ミケランジェリ-伝説のルガーノリサイタル1981-DVD
~付属ライナーノーツを読んで~


ライヴ映像を撮影したディレクター、ヤーノシュ・ダルヴァシュの話に、確かピアノはミケランジェリ自身の楽器だったと思う、もしかすると、この演奏会の少し前にドイツ・グラモフォンの録音で使われたものかもしれないという気になる記述を見つけました。
リサイタルの2か月前に収録したミケランジェリ初のデジタル録音は1910年代のスタインウェイが使用されていますが、右下の動画からも新品では醸せない深い味、温かい響きが聴こえてきませんか?
 
また、1974年に来日した時のインタヴュー(『レコード芸術』1975年1月号に掲載されたもの)も紹介されており、ここでミケランジェリは当時、現在のピアノ製造の在り方にも通ずる問題点を語っています。以下、 そのインタヴューの記事より引用。

-ピアノは今後さらに構造的に変わっていくとお思いですか?
A.B.ミケランジェリ
さらに良くなるということより、前の状態に戻ることが先決問題だ。今でも良いピアノを作れないことはないのだが、生産の方式がアメリカになり、なんでも作ればよいという状態になってしまった。
早く作らなければならないために、部分品の質が低下し、安く作るために良い材料を使わなくなった。つまり、大量生産をするために、製作期間が短くなった。
どんな小さな楽器でもそうだが、ことにピアノは手工業的に作られるべきもので、絶対に工場で大量生産するべきものではない。
1981年スイス・ルガーノでのライヴ録音深い精神性に満ちたブラームスをどうぞ。

■ピアノメーカーの生産事情を知っておきましょう

このコメントから、今のピアノ=×昔のピアノ=○といった結論を
ただちに導いてしまうのは、やや短絡的です。

ミケランジェリはなにかの対談の中で、以前はピアノを選びに行けば
10台中6、7台は良いモノがあったのに今は割合が逆になっている、
と発言していた記憶があります。
ですから、どちらが優れている、劣っているではなく確率的な話で 、
昔は出来の良いピアノが多かったという見方が妥当でしょう。

閑話休題。
このように新品と年代物を比較するとき、よく話題に挙がるのが、
木材の質。 資源に恵まれていた昔の楽器の方が響きが良い、と
ヴィンテージのピアノを愛好する人達も沢山いらっしゃいます。  
 
確かに以前に比べて、ピアノに適した木々は大量伐採によって
絶対量が減少し、響鳴板などに使われる希少な木材の確保には
どのメーカーも苦労しているようです。
「高級な響板はルーマニア産のスプルース材」と私が教わったのも
今は昔。現在はアラスカなど別の産地のものが主流になってます。
木材の原産地の変更は、ピアノの音色や響きに少なからず影響を
与えていることでしょう。これについては異論ありません。

ただ、それに加えて忘れてならないのが木材の経年変化です。
古いピアノ特有の味わいある音響は、産地というよりも時の経過が
作っている部分もあり、それを新しいピアノと比較してしまうのは
アンフェアというものです。もしかすると新品のピアノも、将来的に
同じような響きを奏でる可能性がないとは言えませんからね。

正直、木材や産地の違いのみで、新旧ピアノの良し悪しを論ずる
のは難しく、これは好み、個性の範疇とも考えられます。

むしろ、注目すべきは昨今のピアノの生産システム
ミケランジェリは「手工業的に作られるべき」と語っていますが、
これは全てハンドメイドで行うという意味合いではありません。

アクションや鍵盤など、均質な精度が求められる部品の加工や
成型については、工作機械を用いた方が効率的かつ正確。
工業化は必ずしも悪ではなく、手作業によるムラやバラツキ等を
解消してくれるという大きなメリットがあるのです。

かたや、大工仕事のように木材同士を組み合わせるボディはじめ、
音とタッチに密接に関わる工程には高度な職人技が不可欠です。
ピアノが人の感性に響く楽器である以上、最後の詰めは人の手で
時間をかけて音や響きを意識して作り上げるべきなのですが・・・
ここで機械生産と職人仕事のバランスが問題として浮上します。 

某メーカーの例を挙げますと、もともとは木材を丁寧に削り出して、
寸分の隙間なく組んでいた作業を、 今は生産時間の短縮のため、
LEGOブロックのような簡易なハメ込み式にしてしまっています。
少し緩めに木材を加工しておけば、組み立てが楽になりますから、
生産性はもちろん向上しますが、楽器の響きはどうなるでしょう。

弦を叩いて音を鳴らすハンマーフェルトの整音作業も然りです。
強音から弱音まで表現できるように、昔は専門の職人がフェルトに
丹念に針を刺して音を聴きながら仕上げていた工程を、今では
作業の大部分を機械に任せてしまっているメーカーがあります。
安価なピアノに至っては、そうした大切な調整が行われないまま、
聴くに堪えないキンキンと金属的な音で出荷されている場合も・・・。

こうした各工程における簡略化が、1台1台に小さな誤差を生み、
その違いが積み重なって、完成時の音、響きの“クオリティの差”、
ピアノの個体差に繋がっていると想像するのは難くありません。

建築物で例えるなら、設計図面や素材が素晴らしかったとしても、
大工さんの腕が優秀であったとしても、工期に間に合わせるために
作業を急かされれば、不出来な結果に終わることもあり得ますよね。

工業の発展によって手仕事による問題点は改善されたものの、
職人技術が求められる分野にまで効率性を持ち込んだことで、
楽器の完成度に差が生まれてしまうのは、なんとも皮肉です。
これら全ての原因は量産による時間の制約にあると言えます。
 
本来であれば、ヴァイオリン職人のようにじっくり制作時間を費やし、
理想の響きを実現するのが、楽器作りのあるべき姿と考えますが、
企業ともなると利益の追求、コストの抑制に迫られるのが現実。 

現在のピアノ造りは、商業的な理由によって時間と台数に追われ、
楽器として望ましいレベルを保つのが困難な状況に直面しています。
良い悪いという次元ではなく、これも時代の流れなのでしょうか。

メーカーの事情をふまえて、製品の個体差をやむなしとするならば、
ピアノ購入者は、何を基準に、どのように入手すれば失敗しないか、
おのずとイメージが湧いてくるのではないかと思います 。
ハンブルク製スタインウェイのアクション。名門レンナー社製パーツが搭載されています。ピアノ・アクション専門メーカー、レンナー社の動画。多くのメーカーに採用されています。
イタリアのブランドFAZIOLIの支柱を裏側から撮影。新興メーカーながら伝統に回帰した見事な造り。真価は隠れた部分に宿るものです。
最後の仕上げは人の手と耳が頼り。一音ずつ聴いて硬い音のハンマーフェルトに針を入れてバランスを整えます。機械生産だけではユーザーの琴線に触れる“楽器”は完成しません。こちらは比較的新しいスタインウェイの音色。私の一押しピアニスト、グレゴリー・ソコロフが楽器のもつ能力を限界まで引き出しています。どちらの音が好みでしょうか?